国語という科目の考え方|中学受験での国語

家庭教師が気が付いたこと

今回は国語という科目の考え方についてもう一度見直してみたいと思います。

国語=読解という図式は誰にもあると思います。

漢字や語彙など知識的な問題も問われるが、やはりメインは読解である……確かにその通りなのですが、多くの学校では読解問題以前に「語彙力」が問われる問題が多いのです。

特に選択肢問題の場合、読解以前に選択肢の言葉の意味を知っているかどうかで決まってしまうのが多いのも事実なのです。

たとえば次のような問題が5年生の国語の問題でありました。

 

人物像として最も適切なものを選べ

ア 猜疑心が強く計算高い少年

イ 明朗で誠実な少年

ウ 要領の悪い頑固な少年

エ 勝ち気で意地っ張りな少年

ここで、「猜疑心」という言葉の意味が分からず、わからないからアを選んでしまう生徒のなんと多い事か。

「猜疑心」という言葉がわかっていてアを選ぶ生徒はいないのです。

つまり読解問題といいながら「猜疑心」という言葉を知っているか?という語彙の問題だったのです。

 

あるいはこんな問題もありました。

主人公の説明として適切なものを選べ

あ 激しく責め立てている

い 咎める気持ちでいる

う あきれかえっている

え たしなめる気持ちでいる

ここでも「咎める」「たしなめる」の意味が分からず、咎めるやたしなめるを選んでしまう生徒のなんと多い事か。

 

ここで需要な事は「子供たちは知らない言葉に直面すると、自分だけがこの言葉を知らないのであって、知らない言葉こそ正解である」と思い込んでしまうのです。

これらの意味を知っている生徒は、難なく正解にたどり着く事ができるのです。つまり読解以前に語彙力の差が勝負を決めているのです。

それにもかかわらず読解の技術を磨きたい、語彙力は後回しにしよう、と考えている保護者のなんと多い事か。

そこから考え直さなければなりません。読解力は語彙力の上に成り立っているんですよ!

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