社会は「知っている」から「考える」へ

今日は神奈川の難関中学「栄光学園」の過去問をやりました。そこで感じたことをお話ししたいと思います。

「汽車から電車に変わったことでどのようなメリットが生まれたを考えなさい」というような内容の問題でした。これは知識だけでは解けない問題ですよね。そして色々な解答があるのです。塾でも教えてくれないような問題でもあります。

私が今教えている生徒は天才的なまでに暗記力がすごい。だから社会の問題でも暗記力が問われる問題では圧倒的な強さを見せます。ところが、このような問題となると歯が立たない。それは知識だけではどうにもならないからです。

ちょっと考えてみればいいのです。電車のいいところは何なのか? 汽車の悪いところはどこなのか? それを比べればいいだけの問題なんですね。ところがこれができない。知識を詰め込むばかりで考えさせる勉強をしていないとこのような問題を解くことができないのです。

と同時にこの問題では「記述力」も求めているのです。国語は自分の好きなように答えてはいけない。だから本文に沿った内容を自分の意思とは別に書かなければならない。ところが、このような問題では自分の発想力を十分に発揮することができるのです。思い切り跳躍した内容でもいいのです。国語の問題じゃ当然バツになるようなことでもいいのです。

一般的な答えだと「汽車は黒煙を吐き出すので健康に重大な被害を及ぼすが、電車の場合は黒煙を吐き出さないので健康問題を引き起こさない」で、良いわけです。でも、もっと飛んじゃってもいいのです。例えば「汽車は黒煙のため汚れるので洗うための水が必要だが電車の場合、汚れることがないので洗うための水が不要になる。だから水不足問題の解決にもつながる」でもいいわけです。自由な発想が許されるのです。この自由な発想ができるかどうか?を問う問題が増えてきているのです。これは知識だけではどうにもなりませんよね。

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